まずはB社長に簡易ヒアリングを行ったところ、以下の回答を得た。
「できるだけ早く事業承継を実現させたい」
「一応、義理の弟であるC取締役(勤続20年)を後継者候補と考えているが、事業承継について本人と話し合ったことはない」
「現在の業績は良好であるが、競争激化で今後は厳しくなると思う。後継者にはそれなりの覚悟と責任がないと務まらない」
「承継後は経営からきっぱりと身を引きたい。但し、引退後の生活資金として相当の退職金は確保したい」
事業承継実現に向けた現状と課題を整理するために決算書等資料の確認とヒアリングを行い、「事業承継診断報告書」を作成した。当報告書の作成作業と記載した内容は以下の通りである。
直近3期分の決算書等をもとに実態貸借対照表を作成した。固定資産の含み損益その他の調整計算をしたところ、純資産額はプラスであることから自社株式を評価する必要がある。
株主構成を確認したところ、社長以外に後継者候補を含む4名(いずれも社長の親族)の少数株主がいるので、事業承継時までに株式の集約化が望ましい。
他社で対応できない加工技術を持った社員や機械装置を有しており、また優良顧客を持っていることから、今後数年の収益状況は安定的に推移するものと思われる。
社員の高齢化と機械装置の老朽化が問題となっていること、徐々にではあるがメイン製品の利益率が落ち始めていることから、中長期的には収益が低下するリスクがある。
借入金残高が売上と比較してやや多いが、営業キャッシュフローから返済できており、現状では資金繰りの問題は生じていない。
これらの収益・資金状況からC取締役が承継しやすい環境にあると言えるが、中長期的には業績悪化のリスクを内包しており、早めの対応が必要である。
C取締役は長年、工場にて加工作業の職務に従事している。年齢は63歳。職人タイプで、経営者としての経験もスキルも不足している。
本社工場はB社長個人の土地を会社に賃借している。事業承継後の賃貸借関係、相続関係等を税対策も織り込みながら整理し、事前の対策を講ずる必要がある。
「事業承継診断書」の内容を踏まえて、以下のような事業承継実現までの支援プランを提案した。
①後継者候補C氏との協議
事業承継に対する率直な思い聞き、承継の意思と、その条件等を確認する。
②経営計画書の作成支援
事業継続の条件となる中長期的に収益と資金を確保し続けられる計画書を作成する。
③株式集中化、相続に関するタックスプラン
顧問税理士等と連携した支援により、適切な対策を立案し税務リスクの回避を図る。
④社長と後継者候補の合意形成
事業承継の具体的イメージを共有していただき、合意形成を図る。
⑤事業承継計画書の作成支援
株式承継、資産承継、後継者育成、収益・資金計画、関係者へ報告等、事業承継の実行に向けたアクションプランを時系列でまとめた「事業承継計画書」を作成する
⑥事業承継計画のフォローアップ
金融機関との各種交渉や、後継者育成、その他の課題解決に向けた支援を行う。
提案した支援プランに沿って事業承継実現までの支援に入った。前述の通り、当社の経営は比較的安定しており、後継者候補のC氏にとっては引き継ぎやすい状況にあるが、本人と面談したところ事業承継について以下のような考えを聞くことができた。
要するに、後継者候補は「今から経営者としてやっていけるか甚だ不安である。しかしこれからもこの会社で働き続けたい」と考えていた。
一方でB社長はC氏に対して、継いでほしいとは思っているものの、現場一筋でやってきたC氏に経営が務まるのか、不安に思っている。
両者がこのような不安を感じているのは、現状から判断すると決して不自然なことではないので、C氏へ事業承継すること以外の方策も検討することにした。
具体的には、「その他の後継者候補への事業承継」、「M&A」、「廃業」である。
まずは「その他の後継者候補への事業承継」であるが、社長のご子息はいずれも他社で働き、承継の意思はないことを既に確認しているので可能性はない。また従業員その他の後継者候補も今のところ見当たらない。
「M&A」については然るべき専門家や機関へ打診してみたが、社長が望むような短期間で相手先を見つけることは極めて困難であるとの回答であった。
「廃業」の選択肢は、業績好調で返済余力もある現状での廃業することは従業員の雇用や担保資産への影響等を考えると極めて不合理であることが判明した。
この結果を受けて、「C氏を後継者候補として検討することが最も現実的な対応であり、協議によって両者の不安を一つずつ取り除いていくことが望ましい」と提案したところ、両者は同意した。
改めて後継者候補の不安をまとめると、以下となる。
これらの不安に対して、当社の経営状態を決算書、資金繰り表等から丁寧に説明した。さらに、SWOT分析や得意先別・工場別の採算性分析等を行って、後継者候補と共に当社の方向性や課題を整理したうえで事業承継を見据えた経営改善策を検討し、5か年経営計画書を作成した。
いくつかの経営改善策のうち影響が大きいもののひとつに地方工場の売却がある。この判断は、採算性が悪く、将来性も見込めない製品の製造を1年後に中止することに伴うもので、以下の効果が見込める
こうした改善策は集中と選択、即ち規模縮小に他ならないが、業務効率や生産性が向上し、全社マネジメントがしやすくなることがC氏の安心感を引き出した。
また、毎期確実に一定の利益を出し、そこから借入金を返済していける見通しが立ったことで、今後「経営者保証ガイドライン」に沿った形でいずれ個人保証を免除できる可能性もあることを説明したところ、C氏も事業承継に対して前向きに準備することに同意した。
こうした一連の支援によってC氏のやる気や覚悟に対する変化を感じたB社長は、C氏の経験やスキル不足に対する不安が少なくなり、任せてみようかという気持ちに傾いた。
そして、経営計画書に社長退職金を織り込んだことや、後継者候補が個人保証に応じたことで、社長が描いていた引退後の平穏な生活も現実のものとしてイメージできるようになり、事業承継の不安が相当程度軽くなったことが見て取れた。
そこでC社長に「引退するまでは積極的にC氏を教育しながら支えていってほしい」と伝えたところ、快諾した。これによって両者の不安や不信感は相当程度解消することができたことを実感することができた。その後、株式移転、権限移譲その他の項目も検討したうえで3年以内に事業承継を実現させるスケジュールを記した「事業承継計画書」を作成し、合意形成に至った。
© 株式会社MASUKO 小規模事業者専門の事業継承コンサルタント